串本周辺”橋杭海水浴場”

夏休みだよ、串本町の海水浴場

串本海中公園


海中公園は優れた海の景観を保護して景観を大切にするためにつくられました。

制度として優れた自然の風景地を保護と利用するために自然公園法に「海中公園地区」が定められ、海中公園という名前は海中公園地区の施設で海中公園地区の自然を紹介することにちなんで付けられました。

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橋杭海水浴場

橋杭海水浴場

本州の最南端に位置する和歌山県の串本町にある海水浴場は吉野国立公園内に砂浜の長さが400メートルに広がり、国の天然記念物の橋杭岩と紀伊の大島に囲まれた、天然の巨大プールのようです。もちろん水の透明度も抜群。青空の下、コバルトブルーに輝く海で南国リゾートを満喫しよう。「快水浴場百選」に選定されている。また、橋杭岩は「日本の朝日百選」に選定されていて、夏場はちょうど橋杭岩のほうから朝日が登る絶景が楽しめます。。

田原海水浴場

吉野熊野国立公園に位置した海水浴場。近くには荒船海岸キャンプランド(コテージ・テニスコート)もあり。更衣室とトイレあり。

住所 〒649-4112 和歌山県東牟婁郡串本町田原
交通 JRきのくに線紀伊田原駅から徒歩10分
駐車場 30台(無料)

橋杭岩の朝日は七月が見頃

橋杭岩詳細

橋杭岩(はしぐいいわ)は和歌山県東牟婁郡串本町の観光名所で吉野熊野国立公園に属している。同町の大字鬮野川(くじのかわ)の小字橋杭の、紀伊大島に対向する海岸から紀伊大島方面へ南西一列におよそ850メートルもの長きにわたって大小約40の岩が連続してそそり立っており橋杭岩とはその岩の総称なのである。直線上に岩が立ち並ぶその姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることが出来る。

伝承によると昔弘法大師があまのじゃくと串本から沖合いの島まで橋をかけることが出来るか否かの賭けを行い弘法大師が橋の杭をほとんど作り終えたところであまのじゃくがこのままでは賭けに負けてしまうとニワトリの鳴きまねで弘法大師にもう朝が来たと勘違いさせ、弘法大師は作りかけでその場を去ったために橋の杭のみが残ったということになっている。

橋杭岩を通して見る朝日はとても美しいと評判で日本の朝日百選の認定も受けている。また、国の名勝や国の天然記念物の指定も受けている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

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エルトゥールル号

トルコ記念館

木造フリゲート艦エルトゥールル号(1864年建造、全長76m)は、1887年に行われた日本の皇族、小松宮夫妻のイスタンブル訪問に応えることを目的に、訓練不足のオスマン帝国海軍の練習航海を兼ねて日本へ派遣されることとなった。

1889年7月、イスタンブルを出港。数々の困難に遭いながらも、航海の途上に立ち寄ったイスラム諸国で熱烈な歓迎を受けつつ、11ヶ月をかけて翌1890年6月ようやく日本に到着した。横浜港に入港したエルトゥールル号の司令官オスマン・パシャを特使とする一行は、6月13日に皇帝親書を明治天皇に奉呈し、オスマン帝国最初の親善訪日使節団として歓迎を受けた。

1890年(明治23年)9月16日夜半、エルトゥールル号は折からの台風による強風にあおられ、紀伊大島の樫野崎に連なる岩礁に激突、座礁したエルトゥールル号は機関部に浸水して水蒸気爆発を起こし、沈没した。これにより、司令官オスマン・パシャをはじめとする587名が死亡または行方不明になる大惨事となった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


樫野崎灯台

樫野埼灯台(かしのざきとうだい)は、和歌山県東牟婁郡串本町沖の紀伊大島の東端断崖に建つ灯台である。

「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンが設計し、1870年(明治3年)7月8日<旧暦では6月10日>に初点灯した日本最初の石造灯台である。日本最初の回転式閃光灯台でもあり、その初期の建物が現存している。

エルトゥールル号遭難地としても知られている。白亜の無人灯台で、灯台内部へは入れないが外部階段から灯台に登ることができる。吉野熊野国立公園エリアにあり、南紀の素晴らしい景観を一望できる。

灯台の周囲には、明治初期に灯台技師のイギリス人が植えた水仙が群れ、また「エルトゥールル号遭難慰霊碑」が徒歩圏内にある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

潮岬灯台詳細

潮岬灯台(しおのみさきとうだい)は、紀伊半島南端の和歌山県東牟婁郡串本町にある太平洋に突き出た潮岬に建つ白亜の灯台である。

この灯台は明治初期の江戸条約によって建設された8基の洋式灯台(条約灯台)の一つで、「日本の灯台50選」にも選ばれる歴史的文化財的価値が高いAランク保存灯台である。

参観灯台として資料展示室を併設し常時公開されており、本州最南端に位置する灯台から望む太平洋の風景は地球の丸みを感じることができるパノラマである。周辺一帯は南紀の景勝地で、吉野熊野国立公園に指定されている。